LINEを退職しました

May 29, 2026latest commit 21c5f25

2026年3月の最終出社をもってLINEヤフー株式会社を退職しました。2021年4月に当時のLINE株式会社に新卒で入社して以来、フロントエンド領域のソフトウェアエンジニアとして5年間働いていました。

2021年入社ですが、その前年の8月からアルバイトとしてLINEバイトの開発に携わっていました。当時、フロントエンドエンジニアはプロダクトごとの所属ではなく、職能組織として編成されていました。配属されたチームはLINEバイトのほかLINEギフトの開発も担当しており、それぞれ数人ずつのメンバーで開発していました。

アルバイト期間中も、いわゆる機能開発以外のタスクに取り組む機会がありました。たとえば開発時のビルド速度を改善するために、バンドラをWebpackからSnowpackへ置き換えました。[1]

当時はWebpackでのビルド待ち時間が長く、変更を加えるたびに待たされていました。Snowpackへ移行したあと、保存した瞬間に画面が更新される体験がとても快適で、「開発体験がこんなに変わるのか」と驚いたのを覚えています。

入社後も引き続きLINEバイトのフロントエンド開発を担当しました。業務に慣れてきた1年目の終わりごろから、LINE Creators Marketの兼務が始まりました。

LINE Creators Marketは当時のLINE Fukuokaで開発されており、チームは外国籍メンバーを中心に構成されていました。コミュニケーションが英語中心だったことに加え、ReactベースだったLINEバイトに対してVueベースのアプリケーションだったこと、10年近く運用されているコードベースだったこと、チームの規模など、兼務を通して違う景色を見ることができました。

半年に一度くらい福岡へ出張していたのもよい思い出です。

2022年9月ごろからは、同じチームで開発していたLINEスキマニを担当するようになりました。このころからは、プロダクト開発チーム内の小チーム「Squad」のなかでフロントエンドのリードを担う場面が増え、個人として実装するだけでなく、チーム全体としてどうプロダクトの成長に貢献するかを考えるようになりました。

アーリーフェーズのプロダクトだったこともあり、企画チームと近い距離で試行錯誤しながら開発を進めていました。少人数で議論した内容が数日後にはそのまま機能としてリリースされたり、大きな機能を小さなPoCから徐々に広げていったり、スピード感のある開発を経験できた時期でした。

一方で、優先順位や方向性が短いスパンで変わることも多く、難しさもありました。それも含めて、5年間のなかでも特に印象に残っている時期です。

当時取り組んでいた開発体制の改善については、採用記事でも少し話しています。

開発速度と品質を両立し、ユーザーに価値を届けるための開発体制。 LINEスキマニ 職種クロストーク – LINEヤフー採用

このころの技術的な取り組みとして特に印象に残っているのが、Node.jsで書かれたコードベースのNative ESM化です。

アプリケーションコードに変更を加えないNode.js Native ESMへの移行 – LINE Engineering

2024年8月からは、LINEスキマニのフロントエンド開発チームのエンジニアリングマネージャーを担当するようになりました。ピープルマネジメント専任ではなく、テックリードとして実装や技術的な意思決定にも引き続き関わるプレイングマネージャーでした。

1on1や評価、採用など、これまで自分が受けていた側だった仕事を担当するようになり、仕事に対する見え方も変わりました。

特に採用は印象深く、面接したメンバーが入社後に活躍している様子を見られたことはうれしかったです。既存メンバーの成長を近くで見届けられたことも含め、ICだけでは得られなかった視点を持てるようになりました。

テックリードとしては、チームの技術的な意思決定や品質への責任を担っていました。このころ、プロダクトのリニューアルを進めており、その過程で長年積み上がっていた技術的負債とも向き合いました。

Next.jsベースだった既存コードベースに対して、新しいコードベースはDeno + Viteで構築し、段階的に移行を進めていきました。

地道な作業も多かったですが、codemodを活用して移行を自動化したり、静的解析を使って安全に変更を進めたり、技術的にチャレンジングな場面も多くありました。Grafanaのダッシュボードを作り、移行の進捗を定期的にチームで眺めて、「レガシーコードが減った」と喜んでいたこともよい思い出です。大規模なコードベースを少しずつ整理していく作業は大変でしたが、このような仕事は個人的にはかなり好みでした。

Denoを採用したことがきっかけで、Deno社の開発チームとの交流が生まれました。オフィスに来てもらってフィードバックを共有したり、ディスカッションを行ったり、その後には共同で社外向けミートアップも行いました。[2]

2025年ごろまでは、業務をきっかけに TypeScript Remove (tsr) というOSSも開発していました。

https://github.com/line/tsr

コードベースを静的解析し、依存関係グラフを構築することで、デッドコードを検知・削除できる開発者向けCLIツールです。Hacker Newsで話題になったこともあり、最終的には1300を超えるGitHub Starが付きました。

2025年5月には、LINEスキマニのフロントエンドチーム全体でTSKaigiに参加しました。自分でも登壇しましたが、チーム内から別の登壇者が出たこともうれしかったです。

静的解析で実現したいことから逆算して学ぶTypeScript Compiler – Speaker Deck

2025年7月からは、LINEスキマニに加えてLINEバイトのフロントエンド開発チームもマネジメントするようになりました。

メンバーへの成長機会の提供や、チーム間をまたいだ役割配置などを考える場面も増え、個々のプロダクトだけではなく、組織全体を俯瞰して見ることが多くなりました。

当時の開発については、こちらの記事でも触れています。

アプリ化を3ヶ月で実現。LINEバイトが少数精鋭で追求する、高速かつ高品質な開発スタイル – LINEヤフー採用

最後のころまで、個人としてのプロダクト開発にも引き続き関わっていました。直近では、LINEスキマニのPayPay連携機能のリリースを見届けることができました。

振り返ると、技術そのものに向き合うだけではなく、自分の立場やチーム、使えるリソースをどう活かして価値につなげるかを考える時間が増えた5年間だった気がします。

新卒で入社したころには、マネジメントをしたり採用に関わったりするとはあまり想像していませんでしたが、とても密度の高い時間でした。途中、会社合併を通して組織や文化の変化を経験したり、仕事を通じてたくさんのすてきな同僚と出会えたりしたことも含め、恵まれた環境だったと感じています。

関わったみなさま、本当にありがとうございました。

4月からはアムステルダム 🇳🇱 で働いています。またどこかでお会いしましょう 👋


  1. 2020年当時はまだViteが一般化する前で、開発時に単一のバンドルを生成しないES Modulesベースのモダンな開発環境として Snowpack が注目されていました。 ↩︎

  2. ミートアップではDeno社のメンバーを交えたパネルディスカッションにも参加しました。 https://www.youtube.com/watch?v=K5LIedbh9-8 ↩︎